【フーリガン文化の全貌】サッカークラブ・音楽・クラブ別ファームの実態と現代に残る影響とは

イングランドのサッカー文化に深く根ざす「フーリガン」という存在は、単なる暴徒や迷惑集団という一言では片付けられない。彼らの文化は、暴力、忠誠、音楽、ファッション、そして社会的背景が複雑に絡み合う、独自のサブカルチャーである。本記事では、そのフーリガン文化をカルチャー面、チームごとの特徴、ファームの存在、関連する音楽、映画、そして現代の姿まで包括的に掘り下げる。

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目次

フーリガン・カルチャーの特徴

フーリガンとは、サッカークラブの熱狂的な(しばしば暴力的な)サポーターグループに属する者を指す。彼らは自らを「サポーター」以上の存在と位置づけ、しばしば試合の勝敗以上に「他クラブのファンとの戦い」に重きを置く。暴力は自己表現であり、時に団結と忠誠の証でもある。

彼らの文化は、以下の要素で構成される。

  • 暴力性:他クラブのファームとの衝突を「戦い」として認識。
  • 忠誠心:クラブに対する絶対的な帰属意識。
  • 階級性:多くは労働者階級出身。地元とチームに対する誇りが強い。
  • ファッション性(カジュアルズ):高級スポーツブランドを意図的に着用し、警察の目をかいくぐる手段としても機能。
  • 音楽:Oi!やパンク・ロックと密接に結びつき、暴力と反体制の精神を補強する。

各クラブとファームの特徴

フーリガンには「ファーム(Firm)」と呼ばれる非公式組織が存在する。これは暴力的サポーターグループのことで、各クラブに対応した名を持ち、独自の誇りと抗争の歴史を築いてきた。

インター・シティ・ファーム(ICF)|ウェストハム・ユナイテッド

1970年代から90年代にかけて、イーストロンドン(労働者階級の象徴的エリア)で活動。高速鉄道「InterCity(インターシティ)」で遠征しながら暴力行為を展開。列車で遠征する際に結束したためこの名がついた。

組織的で知的なファームとして知られ、軍隊的な規律と情報網を持っていた。また、暴力だけでなく、「誰よりもスマートに動く」ことが誇りだった。1980年のFAカップ・リプレイ戦後、トッテナムのファームとの大規模衝突。警察の目を欺くため、ICFメンバーは自らの名刺を現場に残していった(”Congratulations, you’ve just met the ICF”と書かれたカード)。

リーダー的存在ビル・ガードナーの回顧録でも知られ、フーリガンの象徴的ファームとされる。

Bushwackers(ブッシュワッカーズ)|ミルウォールFC

1970年代からサウスロンドンのドックランド地区(旧労働者港湾地帯)を中心に活動、現在も残党が存在。極めて攻撃的かつ排他的なファーム。“No one likes us, we don’t care”(誰にも好かれない、だがそれでいい)という有名なスローガンが存在、。

1985年には、ルートン・タウン戦でスタジアムが完全に破壊される大暴動が起きた。それ以来、ミルウォールの試合は長年テレビ中継を避けられていた。ミルウォールの悪名を高めた存在であり、敵対するクラブとの大規模抗争を幾度となく展開した。ICFとの抗争が特に有名。

Headhunters(ヘッドハンターズ)|チェルシーFC

1980年代からロンドン西部の富裕層エリアを中心に活動。右翼思想やレイシズムと結びついた危険なファーム。国際的ネオナチグループとの関係も取り沙汰され、1980〜90年代には多数の暴動を引き起こした。

1990年代にはフーリガンに成りすましたBBC記者がヘッドハンターズに潜入、報道され大きなスキャンダルとなった。

Service Crew(サービス・クルー)|リーズ・ユナイテッド

1970年代〜2000年代初頭までリーズ(ヨークシャー地方)で活動。他ファームと比較して地方色が強く、遠征先での暴力行為に特化。それゆえ、鉄道やバスのインフラを巧みに利用し、遠征先での暴力に長けた機動型ファーム。

2000年には、ヨーロッパ遠征時にトルコ・ガラタサライとの大規模な乱闘がおき、ファン2人が死亡。知能犯的な動きが特徴で、英国全土で恐れられた。

Red Army(レッド・アーミー)|マンチェスター・ユナイテッド

1970年代〜1980年代にマンチェスターで活動。警察による取り締まりの厳しさにもかかわらず、全国でその名を轟かせ、マンチェスターという都市の「プライド」を背負ったファーム。フーリガン史において最大規模を誇った集団の一つ。1970年代から各地で暴動を引き起こし、当局の介入により段階的に解体された。

Villa Hardcore(ヴィラ・ハードコア)|アストン・ヴィラ

1980年代〜、バーミンガムで活動。現在も小規模で活動している。規模は中程度ながら、バーミンガム・シティとの抗争(セカンド・シティ・ダービー)で知られる。都市間の地域抗争において高い影響力を持つファーム。

2002年、バーミンガム戦後の暴力事件で100人以上が逮捕。

The Herd(ザ・ハード)|アーセナル

1970年代後半~1990年代初頭に、ノースロンドンを拠点に活動。「Gooners」はサポーターの一般的呼称だが、実際のフーリガン集団は「The Herd」として知られていた。

他ファームほど暴力性は高くないが、チェルシーやトッテナムとの抗争では過激化。ICFのような規律はないが、散発的な暴力行為で注目を集めた。

スローガン「Arsenal till I die」はフーリガンにも共有されていた信条。1990年頃を境に沈静化し、現在は「Gooners」として文化的なアイデンティティに昇華。

Guvnors(ガヴナーズ)|マンチェスター・シティ

1980年代〜2000年代に活動。「Guvnor」とはスラングで「ボス」を意味し、自らを「路上の支配者」と名乗った。

レッド・アーミーと激しい都市内抗争を繰り広げた。実力行使に加え、威圧的な存在感とスタイル(ストーンアイランドなど)も特徴的。ファッションと暴力が密接に結びついた典型的な「90年代型フーリガン」で、BBCにも取り上げられた存在。

Yid Army(ユダヤ・アーミー)|トッテナム・ホットスパー

1970年代〜現在まで、ノースロンドン(ホワイト・ハート・レーン周辺)で活動。フーリガンとしての活動は大規模ではないが、ライバルクラブとの争いでは爆発的になる。チェルシーのヘッドハンターズとの因縁は有名。

ユダヤ系ルーツに基づいた独特のサポーター集団で、Yid」という蔑称を逆手に取り自称化。ユダヤ系侮辱を含むチャントや横断幕をめぐる社会的議論の火種にもなっている。

The Urchins(アーチンズ)|リヴァプール

1970年代後半~2000年代前半まで、マージーサイド(アンフィールド周辺)で活動。マンUのレッド・アーミーやエヴァートンのブルー・ファームとの争いが多かった。

音楽や反体制的スタイル(ピースサイン、赤い旗)との結びつきが強い。フーリガンというよりもウルトラス的性質が強く、文化的・音楽的要素と深く結びついていた。暴力事件もあったが次第に沈静化した。

County Road Cutters(カウンティ・ロード・カッターズ)|エヴァートン

1970年代〜1990年代、リヴァプール市内、Goodison Park周辺を中心に活動。名称「County Road」は地元の通りから。地元密着型のチーム志向が強い。

リヴァプールよりもフーリガン色が強く、ユナイテッドやミルウォールとしばしば衝突。ゲリラ的で地元密着型のファーム。1980年代のユナイテッド戦などで暴力事件を起こしたが、規模はやや小さい。

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音楽とフーリガンの関係

フーリガン文化は音楽と切っても切り離せない。特に深く結びついていたのが「Oi!(オイ!)」と呼ばれるジャンルである。労働者階級の若者の怒りと反骨精神を表現するこの音楽は、フーリガンの精神そのものだった。Cockney Rejects、Sham 69、The 4-Skinsなどがその代表格である。

また、パンク・ロックも重要な要素だった。ザ・クラッシュやセックス・ピストルズなどのアナーキーな精神は、フーリガンの「反体制」「俺たちは俺たち」という思想と親和性が高かった。

映画・ドラマ

『Green Street Hooligans』(2005)

アメリカの大学を退学になった青年マット・バッカーナン(イライジャ・ウッド)が、イギリス・ロンドンで出会った義兄の紹介でウェストハム・ユナイテッドのフーリガン集団「Green Street Elite(GSE)」に加わり、次第に暴力と忠誠心の渦に巻き込まれていくストーリー。GSEは実在のファーム「Inter City Firm(ICF)」がモデル。

暴力の中にある男同士の友情、忠義、裏切りが描かれ、感情的な要素が強い。非常に暴力的な描写が多く、フーリガンの現実をドラマチックに脚色。アメリカ人視点でフーリガン文化を描く、というユニークな設定で、サッカー文化に触れていない層にも理解しやすい導入作品。

『The Football Factory』(2004)

トミー(ダニー・ダイアー)という若者を中心に、チェルシーFCのフーリガン・ファーム「Headhunters」の生活と葛藤を描く。日常に満ちた暴力、ドラッグ、無目的な日々の中で、トミーが精神的に追い詰められていく様子がリアルに描写される。実在のチェルシーFCのファーム「Headhunters」がベース。右翼思想との関係性や、実在事件を背景にしたシーンも多数。

暴力は単なる娯楽でなく、「抜け出せないライフスタイル」として描写される。英国特有の労働者階級文化、虚無主義を背景にフーリガンを描いており、思想的・社会的メッセージ性が強く、イギリス国内で高い人気を得た作品。

『Awaydays』(2009)

舞台は1979年、リバプール近郊。主人公カレスは父親を亡くし、喪失感の中で地元クラブ「トレンメア・ローヴァーズ」のファーム「The Pack」に参加。彼は暴力と音楽、ファッションの交差するフーリガンカルチャーの中でアイデンティティを模索する。実在の小クラブ・トレンメア・ローヴァーズと、その非公式ファームがベース。ただし、ファッションや音楽要素(ポストパンクやニューウェーブ)との融合が大きな特徴。

フーリガン=暴力というよりは、青春とサブカルチャーの交差点として描かれている。暴力描写はあるが、むしろ心理描写と美的構成に力を入れている。カルト的支持を受けており、ファッション・音楽好きのファンにも人気。

元メンバーのインタビュー

元ICFメンバーのインタビュー

元ICFメンバーのビリー・ライアル(仮名)は、1970年代に12歳でICFに加わった経験を語っている。​彼は、当時のフーリガン文化が組織的であり、服装や行動が暴力への意志を示すシンボルであったと述べている。​また、映画『Green Street Hooligans』や『The Football Factory』について、「5,000人が本気で殴り合う感覚は映画では再現できない」と批判的に語っている。 ​

ジェイソン・マリナーのインタビュー

​ジェイソン・マリナーは、チェルシーFCのフーリガン集団「ヘッドハンターズ」の元メンバーであり、1990年代から2000年代初頭にかけて、イングランドのフーリガン文化の象徴的存在として知られている。​彼はBBCのドキュメンタリー番組『MacIntyre Undercover』による潜入取材の結果、暴力行為の共謀罪で有罪判決を受け、6年間の刑務所生活を送った。

1999年、BBCの記者ドナル・マッキンタイアは、ヘッドハンターズに潜入し、彼らの活動を秘密裏に撮影した。​このドキュメンタリーは、フーリガンの暴力性や組織性を明らかにし、社会に衝撃を与えた。​マリナーは、この番組の放送後、暴力行為の共謀罪で逮捕され、有罪判決を受けた。​彼は、自身の著書『Life as a Chelsea Headhunter』の中で、番組の編集が偏っており、自分が実際に暴力行為を行った証拠は示されていないと主張している。 ​刑務所での生活について、マリナーは「自分の行動の結果として受け入れた」と述べている。​彼は、刑務所内での経験を通じて、自身の過去を見つめ直し、家族や社会との関係を再構築しようと努力した。​出所後、彼はフーリガン文化や暴力の実態について語るインタビューや講演を行い、若者たちに対して暴力の危険性を訴えている。​

​彼は、暴力がもたらす悲劇や、フーリガン文化の終焉を訴えることで、若者たちが同じ過ちを繰り返さないよう警鐘を鳴らしている。

現代の新世代フーリガン事情

現在、イングランド国内では厳しい規制により、スタジアム内での暴力は大幅に減少している。しかし、フーリガン文化は完全には死んでいない。現在は、

  • スタジアム外でのゲリラ的衝突
  • SNSで集合場所や時間を事前に共有(「タイム&プレイス」)
  • 昔よりも小規模で短時間の戦い
  • 警察や一般客の目を避ける形で行動する

現在はイングランドよりも、東欧諸国(セルビア、ポーランド、ロシアなど)や、イタリア・トルコなど南欧での暴力行為が激化している。

最後に

フーリガン文化は、単なる暴力衝動ではなく、社会的背景、労働者階級の怒り、音楽、ファッション、地元愛が渾然一体となったサブカルチャーである。現代においては過去ほど目立たない存在となってはいるが、その精神は形を変えてなお息づいている。フーリガンを理解することは、サッカーを超えて「都市」「階級」「若者文化」「国家と暴力の関係」を知ることである。

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