Ojasとは何か?Devon Turnbullが描く“聴く”体験の革命とファッション・カルチャーとの深い繋がり

近年、カルチャー好きの間で密かに熱を帯びている名前がある。「Ojas(オージャス)」というオーディオブランドである。単なるスピーカーメーカーという枠を軽々と飛び越え、アート、音楽、建築、ファッションといった複数の領域を横断しながら、“音を聴く”という体験の価値を再定義しようとしている存在だ。

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Ojasを立ち上げたのは、Devon Turnbull(デヴォン・ターンブル)。彼は元々ファッションの世界でキャリアを築き、現在はブルックリンを拠点に、ハンドメイドの真空管アンプや大型スピーカーを制作するアーティスト/エンジニアである。

本記事では、Ojasというブランドの哲学、Devon Turnbullの人物像、そして彼と関わりの深いSupreme、Saturdays NYC、Ace Hotel、さらにサウンドアートの拠点とも言えるPublic Recordsについて掘り下げていく。

目次

Devon Turnbullとは何者か?

Devon Turnbullは、ニューヨークを拠点に活動するアーティスト。彼は音響の専門家でありながら、元々はファッションの世界からキャリアをスタートしている。2000年代初頭、「Nom de Guerre(ノム・ド・ゲール)」というブランドを共同創設し、アンダーグラウンドなカルチャーに深く根ざしたストリートウェアを展開していた。このブランドは軍事的・政治的モチーフを取り入れた前衛的なデザインで知られ、同時代のSupremeなどとも近しい思想を共有していた。

Turnbullがファッションから離れ、音響の世界に深く傾倒していった背景には、「聴くこと」への内面的な関心がある。彼にとって音楽とは、単なる娯楽ではなく、瞑想や内省と同じように“精神を整える行為”であった。彼は自身の人生において、音楽がいかにして心のバランスを保つ手段になっていたかを語っており、その体験がOjasというブランドの出発点になっている。

Ojasとは、サンスクリット語(古代インドで用いられた古典語)で「生命のエネルギー」や「精神的輝き」を意味する言葉であり、Turnbullにとってオーディオは魂を揺さぶる芸術行為である。彼は単なる音響機器ではなく、精神性や哲学性を伴った「場」を設計することに重点を置いている。

Turnbullの思想には、禅やマインドフルネスの考え方が色濃くにじんでいる。彼は「音を聴く」という行為を、スマートフォンで何かを“ながら聴き”するような消費的なものではなく、意識的に耳を澄ませる行為=儀式のような時間として再定義しようとしている。それは、静かに座り、目を閉じ、音に没入する時間であり、自己との対話のひとときでもある。

Supreme、Saturdays NYC、Ace Hotel——カルチャーを繋ぐOjas

Devon Turnbullとカルチャーアイコンたちとの繋がりは、彼の哲学がただの音響機器にとどまらず、ライフスタイル全体の感覚に呼応するものであることを示している。

Supremeとの関係

TurnbullはかつてSupremeの創設メンバーと深い関係を築いており、Supremeには彼の制作したOjasのスピーカーが設置されている。このスピーカーはただの音響装置ではなく、空間演出そのものであり、Supremeというブランドが纏う“本物志向”を体現している存在である。

Supremeの創業期を支えた面々の中でもTurnbullの存在は異色だった。音に対して異様なほどの執着を持ち、自らの手で全てを組み上げる。そんな彼のスタンスは、Supremeの「Do it yourself(DIY)」的精神と深く通じ合うものだった。

Saturdays NYCとの関係

TurnbullはSaturdays NYCの創業メンバーたちとも親交が深い。Saturdaysの店舗ではOjasのスピーカーを使用したリスニングイベントが開催されたこともあり、ブランドの「サーフ×都会」という価値観と、Ojasのアナログで素朴な世界観が見事に共鳴している。

Saturdays NYCは表層的なトレンドではなく、カルチャーと暮らしに根ざした“余白”のある空間を大切にしているが、その感性とTurnbullの音作りの精神は驚くほど近い。音楽、アート、ファッションが自然に溶け合う場所に、Ojasのサウンドはしっくりと馴染む。

Ace Hotelとの関係

TurnbullはAce Hotelともコラボレーションを重ねてきた。Ace Hotelは単なる宿泊施設ではなく、ローカルカルチャーと共鳴しながら空間をデザインすることを信条としており、そのビジョンとOjasのコンセプトは密接にリンクする。

特にニューヨーク、パームスプリングス、ポートランドのAce Hotelでは、Ojasのスピーカーがインスタレーションとして設置され、滞在者に“耳を澄ますこと”を促す静かな場を提供している。ホテルという「一時の滞在」を、「記憶に残る体験」へと変える手段として、Turnbullのサウンドが機能しているのである。

野村訓市との親交

日本においてOjasとDevon Turnbullの名前が広く知られるようになった背景には、野村訓市の存在がある。野村訓市がナビゲートを務める「TUDOR TRAVELLING WITHOUT MOVING : J-WAVE 81.3 FM 」でも度々エピソードに上がるが、彼はTurnbullの思想と作品に共鳴し、自身が関わるプロジェクトや空間にOjasのスピーカーを積極的に取り入れてきた。

2022年、東京・青山で行われたDevon Turnbullの来日展示では、「座って音を聴く」という彼のコンセプトを体感できるインスタレーションが公開され、大きな話題を呼んだ。聴衆は会話を控え、スマートフォンを置き、ただ音に向き合う。それはまるで茶室のような空間体験であり、日本人の美意識とも親和性が高かった。

Public Recordsと「Upstairs」——“音を聴く”ための聖域

Ojasの思想が最も純度高く体現されている場所が、ブルックリンの「Public Records」内にある「Upstairs」と呼ばれるリスニングルームである。

Public Recordsは、音楽、サステナビリティ、ヴィーガンフード、コミュニティを軸とした複合的文化施設で、クラブスペース、バー、レコードショップ、レストランが一体となっている。その中で「Upstairs」は特別な空間だ。ここにはOjasの巨大なスピーカーシステムが設置されており、音楽を“鑑賞”ではなく、“没入”する場所として設計されている。

Turnbullはこの空間において、観客に「沈黙の中で音楽を聴く」という儀式的な体験を提案している。携帯電話の使用は禁止。会話も最低限に。人々はソファや椅子に腰掛け、静かにアナログレコードから流れる音に耳を傾ける。

彼にとってオーディオとは、「背景」ではなく「主役」である。Upstairsはその哲学を実際の空間として体現した、現代における音の聖域と言えるだろう。

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Ojasの音と哲学——空気の彫刻

Ojasのスピーカーは、一般的なハイエンドオーディオとは一線を画している。最大の特徴は、すべてのプロダクトが完全なハンドメイドであるという点にある。Devon Turnbullは、大量生産では得られない個体ごとの個性と、音の純度にこだわり、自らの手で一つ一つのパーツを組み上げている。彼は配線の一本一本、木材の角度、真空管の選定に至るまで、自分の感性と耳で最適解を導き出す。彼にとってスピーカー制作とは、工業的な製造ではなく、クラフトであり芸術行為である。

音の再生においても、Ojasはユニークな存在だ。特に彼が用いるのは、真空管アンプと高感度ホーン型スピーカーの組み合わせである。真空管アンプの温かく豊かな倍音表現と、ホーンスピーカーによる空間的な拡がりと繊細さが融合し、単なる「音」ではなく「空気の動き」を感じさせる再生を可能にしている。

中でも注目すべきは、彼が多くのシステムで**ヴィンテージのドライバーユニット(AltecやJBLなど)**を用いている点だ。これらのユニットは現代の製品とは一線を画するナチュラルな音を持ち、特に人の声やアコースティック楽器の再現において絶大な魅力を発揮する。

また、Ojasのスピーカーはそのヴィジュアル的な存在感にも特筆すべき点がある。機能美という言葉があるが、Ojasのプロダクトはまさにその体現であり、インテリアとしての完成度が非常に高い。木材の仕上げや構造体のデザイン、ケーブルの取り回しまでもが美しく設計されており、スピーカーでありながら、まるで彫刻作品のような佇まいを持っている。

さらに、TurnbullはOjasの世界観をより多くの人々と共有するために、自作キットの販売にも力を入れている。これは、聴くことだけでなく、「作ること」も音への理解と愛着を深めるためのプロセスだと彼が信じているからだ。彼は、オーディオ体験の原点には手を動かす喜びがあると考えており、それを実践する場を提供し続けている。

まとめ

Ojasが提示するのは、「聴くこと」の再定義である。スマートフォンやストリーミングサービスで音が“消費”される時代にあって、Devon Turnbullはあえてアナログと対話しながら、音楽と人の関係性をもう一度深く結び直そうとしている。

それは便利さの追求ではなく、感性の回復である。SupremeやSaturdays NYC、Ace Hotel、Public Recordsといった現代カルチャーの先端を走るプレイヤーたちが彼と共鳴しているのは、Ojasがただのスピーカーではなく、「感覚の装置」だからだ。

静かに耳を澄ますこと。そこに立ち止まること。今、もっとも贅沢で豊かな時間は、案外そんなところにあるのかもしれない。

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