【2026年スーパーボウル】Bad Bunnyが仕掛けた13分間の「ラテン革命」:プエルトリコという誇りの奪還

2026年2月、カリフォルニア州サンタクララ。リーバイス・スタジアムで開催された第60回スーパーボウル(Super Bowl LX)のハーフタイムショーは、単なるエンターテインメントの枠を超え、歴史的な政治的マニフェストとなった。主役は、プエルトリコが生んだ至宝、Bad Bunny(バッド・バニー)。英語を拒み、故郷に住み続けながら世界の頂点に立った男による13分間を、舞台演出、ファッション、そして社会・地政学的な文脈(プエルトリコのアイデンティティと社会抵抗)の観点から詳細に振り返る。

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目次

ハーフタイムショーが意味すること:全米最大の「鏡」

スーパーボウルのハーフタイムショーは、その時代のアメリカの「今」を映し出す鏡である。2025年にケンドリック・ラマーが米国の深い闇をラップで刻んだ後を受け、2026年のステージが選んだのは「非英語」による表現だった。これは、もはや英語だけがこの国の言語ではないという現実の追認であり、エンターテインメントが社会の境界線を塗り替える瞬間を意味している。

参照:The New Yorker「Bad Bunny’s All-American Super Bowl Halftime Show」

Bad Bunnyが任命された背景:分断へのアンサー

彼がこのタイミングで抜擢された背景には、深刻な政治的対立もあるだろう。トランプ政権によるICE(移民関税執行局)の強化やラテン系コミュニティへの圧力が強まる中、NFLという「アメリカ資本主義の象徴」が、スペイン語で歌い、故郷を捨てない男を中央に据えた。これは、多様性を排除しようとする動きに対する、文化的なカウンターパートとしての側面が強い。

ショーの内容解説:プエルトリコの光と影

今回のショーは、Bad Bunnyが歩んできた道のりと、彼のルーツであるプエルトリコの苦難と誇りが凝縮されていた。

搾取の象徴としてのさとうきび畑

オープニングを飾ったさとうきび畑は、かつての奴隷制や米国資本による搾取の歴史を可視化。現代における人身売買や観光地化への警告を含んだ重厚な幕開けとなった。

@universalmusicpublishing BENITO BOWL 🏈 Congratulations to @Bad Bunny on his #AppleMusicHalftime performance that moved culture and lit up the world’s biggest stage. A defining moment, powered by vision, energy, and global impact. We couldn’t be prouder – felicidades, Benito. #superbowl #badbunny #benitobowl ♬ original sound – Universal Music Publishing

本物の結婚式の逆オファー

地元の一般カップルをステージに招き、伝統的な「Parranda de marquesina」を再現。レディー・ガガとの共演という豪華な演出の中にあっても、主役を「普通の人々」に据える彼の姿勢が光った。

「水色」の旗が持つ真実

今回のハーフタイムショーのキービジュアル、そしてステージを埋め尽くした水色。それは米国によって改変される前のプエルトリコのオリジナルカラーであり、独立のために戦った先人たちへの献辞。70年の時を経て、1億人の前で「奪われた色」を取り戻したと言える。

参照:Just Jared「Lady Gaga Makes Surprise Appearance During Bad Bunny Halftime Show, Sings ‘Die With a Smile’」

インフラの崩壊と追悼

送電線に登るパフォーマーは、ハリケーン・マリア以降の電力網の崩壊と汚職を表現。リッキー・マーティンとの共演による楽曲は、都市の富裕化への強い抵抗を示した。

フィナーレ「América」

南米各国の名を呼び上げ、「Together, We Are America」と宣言。米国ではなく、大陸としての「America」を定義し直し、「愛は憎しみより強い」というメッセージで締めくくった。

【その他記事】スーパーボウルで披露したエミネムの「Air Shady」は果たして発売されるのか?

ショーでの衣装:ヒバロの誇りとジェンダーの流動性

Bad Bunnyがこの日身に纏った衣装は、プエルトリコの田舎で働く農民「Jíbaro(ヒバロ)」の伝統を、現代仕様に再構築したものだった。

労働者の象徴としての白のコットン

彼が纏った素朴な白のコットン地は、かつてさとうきび畑で汗を流した先祖たちへのオマージュである。しかし、そのカッティングは極めて前衛的であり、伝統的なマチズモ(男性優位主義)を破壊するジェンダーレスな美学を体現していた。

参照:The Architect’s Newspaper「Bad Bunny’s Super Bowl halftime show stages “an ode to the lived reality of Puerto Rico”」

足元に宿る「土着」のアイデンティティ

注目すべきは、彼が自身のシグネチャーモデルであるadidasとのコラボレーション・スニーカーを、プエルトリコの土壌を彷彿とさせるカスタムカラーで着用していた点だ。 このスニーカーは、単なる商業的な成功の象徴ではない。かつて「島」の中だけで完結していた若者たちのストリート・カルチャーを、世界最大のステージへと押し上げた「歩み」そのものを意味している。 泥にまみれた労働者のブーツから、世界を熱狂させるスニーカーへ。その変遷は、搾取され続けてきた故郷の若者たちが、自らの足で新しい歴史を闊歩し始めたことを象徴している。

@black.cotton57 Benito’s Adidas signature sneaker that touched the Super Bowl Halftime stage is here. Available now at select Adidas retailers. #badbunny #badbo #adidas #superbowl #nfl ♬ original sound – Black Cotton

背負い続けた「64」の沈黙と抵抗

衣装の背中に刻まれた数字「64」。これは、プエルトリコの旗を掲げることすら禁じ、人々の声を奪った「絞り口法(Gag Law)」が廃止された1957年以降も続いた、暗黒の弾圧史に対する痛烈な告発だ。 1964年は、米国の公民権法が制定された年である一方、プエルトリコにおいては依然として米国による同化政策と植民地的な支配が色濃く残っていた時代を象徴する。スーパーボウルという「合衆国の祭典」で、あえてこの数字を背負うこと。それは、かつて「法によって沈黙を強いられた」先祖たちの声を、1億人の視聴者の前で解き放つという、Bad Bunnyによる時を超えた復讐であり、解放の儀式であった。

参照:The Cut「What Did Bad Bunny’s Super Bowl Outfit Mean?」

成功の証としての装飾

衣装に散りばめられた装飾は、アメリカの本土に移住せず、スペイン語を貫いたまま世界の頂点に立った男の「戦利品」を意味している。彼は自身のファッションを通じて、地元に留まりながらも文化を更新し続けることが可能であることを、視覚的に証明してみせた。

各メディア、世間の評価

この過激とも言える政治的メッセージを含んだショーには、賛否両論が渦巻いている。

ポジティブな評価

The New York Timesは、「音楽史上、最も勇敢な文化的プレゼンテーション」「マイノリティの声を最大級の音量で届けた」と絶賛。また、ラテン系コミュニティからも「自分たちの存在が初めて正当に認められた」という圧倒的な支持が集まっている。

ネガティブな評価

一方、Fox Newsなど保守派メディアは「スポーツに政治を持ち込みすぎている」「反米的な演出が含まれている」と批判。また、SNS上では、伝統的な「アメリカの祭典」を期待していた層から、非英語での進行に対する拒絶反応も一部見られた。

Bad Bunnyの日本来日について

現在、世界ツアーの一環として2026年後半の日本来日が内定している。これまでのBad Bunnyは、英語圏やラテン圏での活動を優先し、アジア圏での大規模公演は限定的だった。しかし、今回のスーパーボウルでの世界的なインパクトを受け、東京ドーム規模での日本初単独公演への期待が高まっている。グラミーを地元の子供に手渡し、「どこにいても頂点に立てる」と証明した彼が、アジアの地でどのようなメッセージを放つのか、続報が待たれる。

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