『ピーキーブラインダーズ』の深淵なる魅力:カルチャー・ファッション・音楽・バーミンガムの街から読み解く

『ピーキーブラインダーズ(Peaky Blinders)』は、1920年代イギリス・バーミンガムを舞台にしたギャングドラマでありながら、ただの犯罪劇にとどまらず、文化・美学・音楽を通じて現代人の感性に深く訴えかけてくる。本記事では、その中でも特に際立った要素──登場人物、世界観、実在したギャング、カルチャー、ファッション、音楽──に焦点を当てて、その魅力を掘り下げていく。

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目次

登場人物と役者:圧倒的な演技力で魅せるキャラクターたち

トミー・シェルビー(演:キリアン・マーフィ)

シェルビー家の次男にしてギャング組織「ピーキーブラインダーズ」のカリスマ的リーダーであり、冷静で計算高い戦略家。PTSDを抱える元戦争英雄でもある。キリアン・マーフィの静かながらも強烈な存在感が、トミーという複雑な人物像を見事に体現している。

アーサー・シェルビー(演:ポール・アンダーソン)

感情の起伏が激しく、暴力的でありながらも家族思いの一面も。アンダーソンの迫真の演技はシリーズの緊張感を一層高める。

ジョン・シェルビー(演:ジョー・コール)

シェルビー家の三男。若く、勢いがあり、暴力的な一面を見せつつも家族思い。ストリート育ちのガッツと忠誠心が魅力。男気のあるキャラクターとして人気。

ポリー・グレイ(演:ヘレン・マックロリー)

シェルビー一家の精神的支柱であり、経済的な頭脳。ヘレン・マックロリーはこのキャラクターに気高さと強さを同居させた演技で視聴者を圧倒する。

エイダ・シェルビー(演:ソフィー・ランドル)

家族に翻弄されながらも自立した存在で、女性の強さと時代背景を象徴するキャラクターのひとり。

アルフィー・ソロモンズ(演:トム・ハーディ)

ロンドンのユダヤ系ギャングのボス。予測不能な言動とユーモア、哲学的な語りが特徴。トミーと対等に渡り合う希有な存在で、敵か味方か分からない独特の立ち位置。演技はカルト的人気を誇る。

チェスター・キャンベル警部(演:サム・ニール)

アイルランド出身のスコットランド警部で、初期のトミーの宿敵。暴力と拷問をいとわない苛烈な男。強烈な敵役として物語を引き締める存在。

世界観:1920年代のリアルと幻想の融合

『ピーキーブラインダーズ』は、史実と創作を巧みに織り交ぜながら独自の世界観を構築している。

鉄と煤の街バーミンガム

工業都市としてのバーミンガムの描写は、無骨でありながらも美しさを感じさせる。工場、路地、酒場、闇市といった空間は、まるでひとつのキャラクターのように存在している。

社会的緊張と革命の気配

労働運動、IRA(アイルランド共和軍)、共産主義者、上流階級といった複数の勢力が混在するこの時代は、イギリスという国そのものが揺れていた。そんな中でのシェルビー一家の台頭は、社会変動の象徴として描かれている。

アンダーグラウンドの美学

アングラな世界観が、洗練された美術や照明によって芸術的に描かれており、暴力とエレガンスが共存する独特な空気感を醸し出している。

バーミンガムという“空間”が持つ意味

産業革命の象徴であり、荒廃した労働者の街

バーミンガムはイギリス第二の都市であり、19〜20世紀にかけての産業革命を支えた中心地。鉄鋼業、兵器製造、機械産業などが集積し、「イギリスの工場」とも呼ばれるほど。

  • ドラマ内の表現: 作品では、煙突から煙が立ちのぼる工場、石畳の路地、赤レンガの建物、薄暗いパブなどが頻繁に登場し、その工業都市としての「無骨さ」や「疲弊感」が強調されている。
  • 意味合い: この荒れた都市風景は、トミーたちの育った環境そのものであり、彼らのハードボイルドな精神、階級闘争、そして暴力の根源と深く結びついている。

戦後の社会的混乱の縮図

第一次世界大戦後、バーミンガムを含むイギリス全体は経済的困窮と失業に苦しみ、帰還兵たちは心的外傷(PTSD)を抱えたまま、仕事もなく、居場所を失っていた。

  • トミーたちは帰還兵であり、社会に馴染めず、ギャングという道を選ぶ。
  • バーミンガムはそのような「行き場のない者たち」が集まり、抗争し、支配を求める舞台になっている。

この背景があるからこそ、暴力や権力の争奪が正当化されるような、社会の歪みがリアルに描かれている。

多民族・多文化都市としてのバーミンガム

当時のバーミンガムは、アイルランド系移民、ユダヤ人、ロマ(ジプシー)、イングランドの労働者階級が混在する都市であり、宗教や文化の違いによる対立・共存が日常的でした。

  • 作中では:
    • トミーとその家族はロマ(ジプシー)の血を引いており、その文化や迷信も物語に反映されている。
    • アルフィー・ソロモンズはユダヤ系ギャングのボスであり、別のカルチャーを象徴。
    • IRAや共産党などの政治的要素も絡み、多層的な都市の“熱”を感じさせる。

この「文化のぶつかり合い」こそが、バーミンガムという街を単なる地方都市ではなく、ドラマティックな舞台に仕立て上げている。

階級社会と貧富の差の縮図

イギリスに根深く残る階級社会が、バーミンガムの街にも色濃く現れている。

  • シェルビー一家は労働者階級出身でありながら、徐々に上流階級の社会に足を踏み入れていく。
  • トミーが政治家になったり、競馬の合法運営を手掛けたりする過程で、バーミンガムという“泥の中”から“権力の中枢”へと登っていく軌跡が描かれる。

その旅路の出発点であるバーミンガムは、地に足がついたリアルさと、それでも夢を見ようとする意志が共存する、非常にエモーショナルな場所となっている。

現在のバーミンガムとの関係

興味深いのは、このドラマが放送された後、実際のバーミンガムのイメージも変わったということ。

  • Peaky Blinders Tour」が組まれ、観光資源としても再注目されている。
  • 若者の間でファッションや音楽カルチャーが再評価され、バーミンガム・プライドが芽生えているとも言われている。

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実在したギャング:Peaky Blindersの歴史的ルーツ

『ピーキーブラインダーズ』という名前は、実在したギャンググループに由来している。

実在のPeaky Blinders

19世紀末から20世紀初頭にかけて、実際にバーミンガムに存在したギャング。主に若い労働者階級の男たちで構成され、スリーピーススーツと平らな帽子をトレードマークにしていた。帽子のつばに刃を仕込んだという伝説が、ドラマの設定に影響を与えている。

史実との違い

史実のPeaky Blindersは、ドラマのような国家規模の影響力を持つ存在ではなかった。しかし、彼らのファッションや暴力的な手口、労働者階級の抗争は、ドラマのリアリズムに深みを与えている。

カルチャー:荒んだ時代の中の“誇り”

戦後のバーミンガム

物語の舞台である1920年代バーミンガムは、第一次世界大戦後の混沌と再建の狭間にある。多くの男たちがPTSDを抱え、社会に居場所を失い、国家からも見捨てられていた。この背景の中、戦争帰りのトミー・シェルビーたちは暴力と知略によって自らの道を切り開こうとする。

労働者階級の逆襲

バーミンガムは炭鉱や工業で栄えた労働者の街であり、シェルビー一家はこの出自を誇りにしている。トミーの上流階級への挑戦は、単なる野望ではなく、イギリスの階級社会への鋭いアンチテーゼだ。

多民族・多宗教社会のリアル

アイルランド系移民、ロマ(ジプシー)、ユダヤ人など、バーミンガムには多様なバックグラウンドを持つ人々が共存していた。作品では、宗教や民族を越えたギャング同士の関係性を通じて、当時の社会構造がリアルに描かれている。

ファッション:反逆の美学

『ピーキーブラインダーズ』は、その独特なファッションスタイルによっても世界中の視聴者を魅了している。それは単なる衣装ではなく、登場人物の“生き様”を体現している。

スーツは戦闘服

登場人物たちが身にまとうのは、重厚な生地のスリーピーススーツ。ヘリンボーンやツイード、フランネルといった素材が使用され、タイトでシャープなシルエットはまるで刃物のよう。スーツは単なる正装ではなく、彼らの武装そのものだ。

ニュースボーイキャップの象徴性

“Peaky Blinders”という名称は、帽子(ニュースボーイキャップ)のつばに刃を仕込んだという伝説に由来する。この帽子はファッションであると同時に、ギャングとしてのアイデンティティでもある。

色と質感の演出

色彩は全体的にグレーやチャコールなどの暗色で統一され、照明との相互作用で世界観が曇り空のように重く演出される。コートの丈、ラペルの幅など細部に至るまでこだわり抜かれたデザインは、ヴィンテージと現代的な感覚の融合を感じさせる。

女性キャラクターの装い

ポリー・グレイやエイダ・シェルビーといった女性たちも、その服装で力強さと気品を表現している。特にポリーは、ドレスやアクセサリーを通じて“強い女性”の象徴的存在となっている。

音楽:時代を超えた感情の演出

本作における音楽の使い方は特筆に値する。1920年代が舞台でありながら、現代のロックやオルタナティブ音楽が大胆に使用され、登場人物たちの感情や精神性を現代人の感覚にダイレクトに届けてくる。

Nick Cave & The Bad Seeds – “Red Right Hand”

オープニングテーマであるこの曲は、作品全体の不穏で妖しい雰囲気を象徴しており、視聴者を一瞬で物語世界に引き込む。トミー・シェルビーの内面を音楽で表現しているかのようだ。

モダンなロックとブルースの融合

Arctic Monkeys、PJ Harvey、Radiohead、The White Stripes、Johnny Cashなど、現代のロックシーンを代表するアーティストたちの楽曲が随所で使用されている。これは時代考証をあえて逸脱することで、視聴者の“感情”に直接訴える演出である。

音楽が語る感情

単なるBGMとしてではなく、音楽がキャラクターたちの心の声として機能している。暴力、愛、裏切り、喪失――すべての感情がギターリフや歌詞の中に織り込まれ、視聴者の心を揺さぶる。

結論:美学と狂気の融合

『ピーキーブラインダーズ』は、戦後の混沌を背景に、階級闘争、暴力、家族の絆といったテーマを、カルチャー、ファッション、音楽というフィルターを通して圧倒的な美学で描き出した作品である。全てが詩的でありながら生々しく、視覚と聴覚を通して物語世界に没入させてくれる。

この作品はただ“かっこいい”のではない。そこには痛みと誇りと、時代に抗う魂が込められている。

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