ロンドンのストリートを語る上で、Palace Skateboards(パレス スケートボード)の存在を避けて通ることはできないだろう。いまや世界中にファンを持つグローバルブランドへと成長したパレスだが、その根底には一貫して「UKブランドであること、さらにはロンドン発であること」への強烈な自負と、創設者である「Lev Tanju(レヴ・タンジュ)」による独自のセンス・クリエイティビティが流れている。

ボロアパートから始まったストーリー
パレスはもともとレヴとその仲間たちがロンドンのウォータールー周辺にあった安いフラット(=アパート)で過ごした日々から始まった。お世辞にも豪華とは言えないその家を、彼らは皮肉と愛情を込めて、宮殿(英語でPALACE)と呼んだ。この内輪内のジョークから始まったネーミングこそが、後に世界のファッションシーンを席巻するブランド名の由来となっている。
聖地「Slam City Skates」との関係
パレスが産声を上げた場所、それはロンドンのスケートカルチャーの聖地「Slam City Skates(スラム シティ スケート)」に他ならない。レヴ自身もこの老舗ショップの店員として働いており、ショップの地下にある限られたスペースからブランドはスタートした。店前で仲間たちと「S.K.A.T.E」をしている風景は2000年代後半から2010年代前半によく見られたものだ。
Slam City Skatesでは、単にパレスの商品を置かせてもらっていただけではない。ショップを拠点とするコミュニティそのものがパレスの血肉となっていた。老舗が守り続けてきた伝統と、レヴたちが持ち込んだ新しい感性が化学反応を起こし、この店を起点に、パレスはロンドンのスケーターたちの「正装」として認められていった。

USカルチャーとの比較
2000年代後半のスケートボードカルチャーのメインは、依然としてアメリカが主体であった。なかでもSupreme(シュプリーム)は当時からカルト的な人気を博しており、その存在感は圧倒的。彼らが提示するブランドイメージは、ヒップホップやラップを背景にニューヨークの乾いた街並みを切り取ったスケートビデオに象徴され、その硬派な映像美こそが「ストリートの正解」として世界を席巻していた。そんな中、パレスが打ち出した手法は極めて異質だった。
彼らが選んだのは、あえて粗い質感のVHSカメラで撮影された映像と、ロンドンの夜を象徴するハウスミュージックやUKガラージ、そして、ロンドンの曇り空や荒れたアスファルトでのスケートだ。アメリカへの憧れではなく、自分たちが日常的に耳にし、肌で感じているロンドンのリアルをそのまま映像に落とし込む。この徹底したローカリズムこそが、結果として世界中の感度の高い若者たちに「新鮮なクール」として受け入れられた。
ちなみに、粗い質感のVHSカメラを使っている理由について、レヴは2012年の『The Guardian』紙のインタビューにおいて、「まともなカメラを持っていなかったからだ」と端的に答えている。当初、彼は古いPanasonicのVHS-Cカメラしか所有しておらず、手元にある道具で撮影を始めたのがすべてのきっかけであった。また、「HD映像はすべてを綺麗に見せすぎてしまうが、VHSは物事をより良く、よりリアルに見せてくれる」とも述べている。完璧に整えられた映像よりも、粗削りで生々しい映像の方が、自分たちが日常的に滑っているロンドンのストリートの熱量を伝えるのに適していると判断したのだろう。
チームこそがブランドの顔:ルシアンとブロンディが体現するリアリティ
ブランドを形作るのは、レヴの友人であり、チームメイトでもあるスケーターたちだ。Lucien Clarke(ルシアン・クラーク)、Blondey Mccoy(ブロンディ・マコイ)、Benny Fairfax(ベニー・フェアファックス)、Rory Milanes(ロリー・ミラネス)を代表としたアイコンたちは、ブランド初期からパレスのルックブックにおいてモデルも務める。プロモデルを起用するのではなく、実際に街を滑り、パレスというコミュニティを形成している当事者たちがブランドの顔となる。この「身内感」から生まれる圧倒的なリアリティが、パレスのアイデンティティをより強固なものにしているのだろう。


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レヴ・タンジュの洗練されたクリエイティビティ
パレスが単なるスケートブランドの枠に収まらない理由は、レヴの洗練されたアイディアとキュレーション能力にある。彼のセンスを象徴するのが、イギリスを代表する国立美術館「Tate(テート)」とのコラボレーションだ。レヴは19世紀の画家ジョン・マーティンの絵画をスケートデッキに落とし込み、ストリートの道具を芸術の域へと押し上げた。スケートボードとハイアートという、一見対極にある要素を軽やかに繋ぎ合わせるその手腕は、彼の知的な遊び心と、イギリスの伝統に対する深い理解から生まれている。テートという権威ある機関をストリートの文脈で再解釈したこのプロジェクトは、レヴの感性が単なる流行り物ではなく、極めて文化的で多層的であることを象徴している。
また、彼のクリエイティビティを語る上で欠かせないのが、公式オンラインサイトの「Product Description(プロダクト説明文)」という唯一無二の表現方法だ。通常、ECサイトの説明文は機能や素材を伝えるためのものだが、パレスのそれは全く異なる。箇条書きで綴られるのは、商品の詳細ではなく、レヴ本人が全て決めているという個人的な愚痴、週末の出来事、あるいはジョークだ。これらをまとめた本「Palace Product Descriptions: The Selected Archive」は本となって発売されている(販売リンク)。

ローカルからグローバルへ、そして次世代への還元
2010年代に入ると、パレスはロンドンに初の路面店を構え、その後、東京、ロサンゼルス、ソウルと海外へ進出。Ralph Lauren(ラルフローレン)、Vivien Westwood(ヴィヴィアン・ウエストウッド)、CPCompany(CPカンパニー)など名だたるラグジュアリーブランドや、Reebok(リーボック)、Adidas(アディダス)、Oakley(オークリー)などスポーツメーカーとのコラボレーションを次々と成功させていった。この飛躍は、ロンドンのローカルカルチャーを世界標準の価値へと昇華させた歴史的な転換点でもあった。

しかし、規模が拡大してもパレスの本質は揺るがない。ロンドンの路面店では、地元のスタートアップブランドにポップアップの場を提供することもあり、かつてはブロンディ・マコイが手掛ける「Thames London」もその恩恵を受けた。自分たちを育ててくれたコミュニティへ還元し、次世代の才能をフックアップする姿勢は、パレスが単なるアパレルブランドではなく、ロンドンの文化を守り、更新し続ける存在であることを証明している。UK、そしてロンドンへの誇りとこだわり、そして随所に光るレヴ・タンジュのウィットに富んだセンス。パレスが作り上げたのは、単なるトレンドではなく、ロンドン×ストリートの空気をそのままパッケージングした唯一無二のカルチャーなのである。

