【Nikeを代表するスローガンの起源】Just Do Itの元ネタは、死刑囚の最後の言葉だった

世界で最も有名な広告コピーのひとつ、Nike(ナイキ)のJust Do It。ほとんどの人が、このフレーズを耳にしたことがあるだろう。しかし、その誕生の背景を知る人は意外に少ない。1977年1月17日、ユタ州の廃棄されたカンナリー工場、銃殺刑を宣告された死刑囚が椅子に縛り付けられた。執行前、最後に言いたいことを問われた彼は、静かにこう答えた。Let’s do it.(さあ、やろう)。その男の名は、Gary Gilmore(ゲーリー・ギルモア)。いまや世界を席巻する広告コピーの原型となったこの言葉を解説していく。

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ゲーリー・ギルモアについて

ゲーリー・ギルモアは、1940年にオレゴン州・ポートランドで生まれた。アルコール依存症で暴力的な父のもとで育ち、14歳から自動車窃盗を繰り返した。1964年には強盗・暴行罪で15年の刑を受け、出所後も社会に馴染めなかった。1976年、ユタ州で2件の強盗殺人を犯し逮捕。特筆すべきは、判決後のギルモアの行動だ。彼は自らの死刑執行を強く求め、処刑を先延ばしにしようとするシステムに真正面から抗った。自分の罪に向き合い、死を受け入れるという姿勢は、メディアを通じてアメリカ中を騒然とさせた。

1977年1月17日、ギルモアはアメリカで死刑が一時停止された後の初めて執行された死刑囚となった。その最後の言葉が、「Let’s do it」だ(一部の資料では「Let’s do this」とも伝えられている)。この事件はNorman Mailer(ノーマン・メイラー)によって1979年に小説『死刑執行人の唄(The Executioner’s Song)』として書き下ろされ、ピュリッツァー賞を受賞。ギルモアの物語はアメリカの文化的記憶に深く刻まれた。

Gary Gilmore(ゲーリー・ギルモア)

ダン・ワイデンによる引用

そして、11年後の1988年。広告代理店Wieden+Kennedy(ワイデンアンドケネディ)の共同創業者、Dan Wieden(ダン・ワイデン)は、翌朝のNikeへのプレゼンに向けて頭を抱えていた。Nikeのビジネスは当時良い状況ではなかった。1980年代前半にReebokにシェアを奪われ、エリートアスリート向けの硬直したブランドイメージから抜け出せずにいたワイデンアンドケネディが求められたのは、プロ選手から日曜のジョガーまで、あらゆる人間の背中を押せる言葉だった。ワイデンはそのとき、かつて読んだゲーリー・ギルモアの記事を思い起こした。

死を目の前にして、これほどの不確実性の中で、どうすればそこに踏み込めるのかと思ったワイデンは、ギルモアの「Let’s do it」にあった「do it」というシンプルな言葉、不確実性の中に飛び込む、その一瞬の意志。ワイデンはそれを「Just」という一語で研ぎ澄まし、Just Do Itを生み出したLet’sにすると彼に著作権を払わなきゃいけないからね、とワイデンは後に冗談めかして語っている。

NIkeとフィル・ナイトの拒絶

翌朝のプレゼン。ワイデンがこのコピーを社内で披露すると、反応は冷淡だった。「そんなものは要らない」。その後、Nikeの共同創業者Phil Knight(フィル・ナイト)も同じ言葉を返した。それでも引かなかったワイデンが押し通した結果、「Just Do It」は1988年の夏、Nikeの新キャンペーンのタグラインとして世に出た

最初のCMに起用されたのは、マイケル・ジョーダンでも有名アスリートでもなく、80歳のマラソンランナー、Walt Stack(ウォルト・スタック)だった。サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジをジョギングしながら、「毎朝17マイル走る。入れ歯はジョギング中に白くなるんだ」と話す。このCMは、スローガンがエリートだけのものではないというメッセージを鮮烈に示した。

数字が語る、広告史上最大の逆転劇

「Just Do It」キャンペーン開始後、Nikeの躍進は驚異的だった。1988年から1998年の10年間で、Nikeの北米スポーツシューズ市場シェアは18%から43%へ。世界売上は8億7700万ドルから92億ドルへと約10倍に拡大した。ランニングシューズブランドは、スポーツと生き方そのものを象徴するグローバルアイコンへと変貌した。そして、数字以上に重要なのは、「Just Do It」がフレーズを超えて、人々の生き方のフレームになったことだろう。言い訳をしない、躊躇しない、ただやる。この考え方は、スポーツの文脈を飛び越え、ビジネス・アート・カルチャーのあらゆる領域に染み込んでいった。

暗部から生まれた、最も明るい言葉

この話が示すのは、広告コピーの起源がいかに意外な場所にあるか、という事実だけではない。ゲーリー・ギルモアは社会から完全に切り離された存在だった。殺人犯であり、死刑囚である。しかし死を前にして迷わない覚悟という瞬間の輝きが、ダン・ワイデンの目には人間の意志の本質として映った

カウンターカルチャーの文脈で言えば、これはある種の逆説だ。既存のシステムと戦い続けた男の言葉が、世界最大のスポーツブランドを支える柱になった。アウトサイダーの言葉が、インサイダーを動かす力になった。「Just Do It」が今なお機能し続けているのは、それが商業的なコピーの皮をかぶった、本物の人間的衝動に触れているからではないだろうか。死の淵に立って、それでも前を向く。その感覚は、ランニングシューズを買うかどうかとは無関係に、誰もが一度は必要とする何かだろう。

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まとめ

ファッションやカルチャーの文脈でJust Do Itを見直すとき、気づかされることがある。最もポジティブに見える言葉が、最もダークな場所から来ていること。そしてクリエイターやブランドが参照するリファレンスは、必ずしも美しい場所にあるわけではない。

Supremeがパンク・ハードコアの反骨精神を継承し、BalenciagaがSF映画の世界観を参照するように、カルチャーの「元ネタ」を辿る行為は、トレンドではなく、その奥にあるアプローチを理解することに繋がる。ダン・ワイデンは2022年に逝去したが、彼が死刑囚の最後の言葉から掬い取った「ただ、やる」という意志は、今日もスタジアムのスクリーンで、スマートフォンの画面で、世界中の誰かの背中を押し続けている。

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